ランニング・ロジック 第1章

第11話:体重は増えたのに「痩せた?」と言われた日。数字よりも大切な「確かな実感」

本サイトはアフィリエイト広告を利用しています

気づけば、私は30分以上走り続けていた。 一度も歩くことなく、一度も立ち止まることなく。 家の前に戻ってきて、時計の停止ボタンを押す。

サマリー画面を確認する。 距離は3キロちょっと。ペースは「キロ9分」。 以前の私なら「遅すぎる」と絶望していただろう数字だ。

だが、私は別の数字を見てニヤリと笑った。 心拍数のグラフだ。 最初から最後まで、低い位置で安定して推移している。一度もレッドゾーンに入っていない。

たいち
たいち

あれ? なんかこのペース、すごく気持ちよかったぞ

汗は心地よい程度。膝の痛みもない。 何より、走り終わった直後なのに「明日もまた走りたい」と思えている自分がいた。 頑張らない勇気。 それこそが、三日坊主の私を救う唯一の特効薬だったのだ。

***

それからの一ヶ月、私は憑き物が落ちたようにLSDを繰り返した。 週に3回。ゆっくり、長く。 基本は3キロ。調子が良くて、なおかつ翌日に響かないと判断した時だけ、4キロまで足を伸ばしてみる。 「5キロ」という壁はまだ厚いが、以前のように1キロで息絶えていた頃に比べれば、劇的な進歩だ。

ある夜、風呂上がりに久しぶりに体重計に乗ってみた。 一ヶ月も走ったのだ。さぞかし劇的な数字が出ていることだろう。 期待して液晶画面を覗き込む。

しかし、表示された数字を見て、私は眉をひそめた。

『+0.5kg』

開始前よりも500g増えている。 あれだけ走ったのに? 晩酌のビールも(気持ちだけ)少し控えたのに?

私は首を傾げながらも、「まあ、水分量の誤差だろう」と無理やり自分を納得させ、その場を離れた。 だが、心の中には「ランニングなんて、本当は痩せないんじゃないか?」という小さな疑念が芽生えていた。

***

その翌日は出社日だった。 オフィスの給湯室でコーヒーを淹れていると、後ろから声をかけられた。 総務部の佐藤さんだ。いつも明るい挨拶で社内を和ませてくれる存在だ。

あれ、山本さん。なんか少し、シュッとしました?

総務の佐藤さん
総務の佐藤さん
たいち
たいち

え? ……ほんとうに?

不意打ちだった。 私はコーヒーをこぼしそうになりながら、まじまじと彼女の顔を見てしまった。

はい。顔周りとか、少しほっそりした気がします。何かされてるんですか?

総務の佐藤さん
総務の佐藤さん

お世辞かもしれない。だが、悪い気はしなかった。 むしろ、昨夜の体重計ショックを引きずっていた私には、救いの一言だった。

私は「まあ、少し走ってるくらいだよ」と、できるだけクールに返したつもりだが、口元が緩むのを抑えるのに必死だった。

そうなんですか! 実は私も、朝少し走ってから会社に来るんですよ。おそろいですね!

総務の佐藤さん
総務の佐藤さん
たいち
たいち

えっ、佐藤さんも?

まさかの仲間(同志)発見だ。 彼女は爽やかに笑って去っていったが、私の仕事に対するモチベーションはストップ高になった。 デスクに戻った後も、緩んだ口元が戻ることはなかった。

***

その夜。 帰宅した私は、すぐさま洗面所の鏡の前に立った。

体重計には乗らない。 代わりに、自分の顔と体をじっくりと観察する。

言われてみれば、確かに顎のラインが少しシャープになった気がする。 ベルトの穴も、心なしか一つ分余裕ができている。

たいち
たいち

悪くない。いや、むしろ良いじゃないか

数字(体重)がどうであれ、見た目が変わっているなら、それは確実な成果だ。 そして何より、「走っている自分」を肯定してくれる人がいた。 それだけで、この一ヶ月の努力がすべて報われた気がした。

たいち
たいち

よし、続けよう。この調子なら、もっといけるはずだ

私は完全に浮かれていた。 走れる距離は伸びた。膝も痛くない。そして見た目も変わり始めた。 このペースで続けていれば、いつかは5キロ、いや10キロだって夢ではないはずだ。

……そう。 この時の私は、自分の成果に酔いしれ、忘れていたのだ。

もうすぐ日本特有の「あのジメジメした季節」がやってくることを。 そして、私が何も考えずに着ている「コットンのTシャツ」という初期装備が、最大の弱点となって私を襲うことを。

-ランニング・ロジック, 第1章