
装備のアップグレード
帰宅した私は、玄関で汗をたっぷりと吸ったTシャツを脱いだ。 「ドサッ」 床に置いた時、水分を含んだ布特有の、ずっしりとした重さを感じた。 改めて思う。私は今まで、これほど重いものを身にまとって、湿気の中を走っていたのか。
シャワーで汗を流し、体を冷やしてから、私はすぐにパソコンに向かった。 今の私に必要なのは、根性ではない。この暑さを快適に乗り切るための、適切な「道具」だ。
検索ワードを打ち込む。 『ランニングウェア 夏 涼しい』 『ランニング 水分補給 持って走る』
画面には、「吸汗速乾」「ドライ機能」と書かれたポリエステル製のウェアや、腰に巻くタイプのポーチが並んでいた。 その時、私はあるウェアの商品画像に目が留まった。
体にピタリとフィットする、黒い長袖のインナーシャツ。 商品名には「コンプレッションウェア」と書いてある。
あ……これだ。コンプレッションウェアっていうんだ
記憶がフラッシュバックする。 2ヶ月前、私が初めて走り出した夜に遭遇した、あの速そうなランナー。 風のように私を抜き去っていった彼が、Tシャツの下に着ていたのが、まさにこれだった。
当時の私は、それを見てこう思っていた。 「あんなピチピチしたウェアは、スタイルの良い上級者が着るものだ」 「初心者の私が着るには、まだ早いし恥ずかしい」と。
だが、商品説明文を読んで、その認識は改められた。
なるほど、格好をつけていたわけじゃなかったのか
あれは、単なる見た目の好みで着ていたわけではない。 「体を冷やすこと」と「疲れを残さないこと」。 その二つを両立させるために選ばれた、理にかなったウェアだったのだ。 私がコットンのTシャツを選んでいたのは、単に「運動=Tシャツ」という思い込みがあっただけで、夏のランニングには、もっと適した素材があったのだ。
そして、もう一つの懸案事項である「給水問題」の解決策も探す。 腰に巻くポーチは見つかったが、ふと関連商品に表示された「ソフトフラスク」というアイテムに目が止まった。 柔らかい素材でできた、水筒のようなものだ。
説明を読むと『飲み進めると本体がしぼむため、水がチャポチャポと音を立てない』とある。
これだ。ペットボトルだと音がうるさいと思っていたんだ
走るたびに水が揺れる音や振動は、地味だが気になり始めると止まらない。 空気が抜けて小さくなるこれなら、あの音に悩まされることもない。
カートに商品を入れていく。 通気性の良さそうなドライTシャツ。 例のコンプレッションインナー。 揺れないランニングポーチ。 そして、ソフトフラスク。
合計金額を見て一瞬考えたが、すぐに購入ボタンを押した。 これは贅沢品ではない。 熱中症のリスクを下げ、より長く、より快適に走るために必要なものだ。 良い道具を使えば、それだけ走るのが楽しくなるはずだ。
***
数日後。 新しい装備一式を身につけ、私は再び蒸し暑い夜の街に出た。
インナーを着るときは少し窮屈に感じたが、着てしまえば不思議と身体が引き締まる感覚がある。 上にドライTシャツを重ね、腰には水を満たしたフラスクを入れたポーチを巻く。 準備完了だ。
走り出す。 やはり、日本の夏だ。空気が重く、すぐにじわりと汗ばんでくる。 暑いのは変わらない。 だが、しばらく走って風が吹いた瞬間、違いを感じた。
お? 風が通る
インナーが汗を吸い上げ、それが風を受けて乾く際、わずかに肌がひんやりとする。 肌が常にサラサラとしているおかげで、不快なベタつきがない。 前回のように、熱がこもって苦しくなる感覚はない。
心拍数を確認する。 前回ほど急激な上昇は見られない。 もちろん高い位置ではあるが、熱が外へ逃げている分、体への負担が減っているようだ。
そして、給水。 喉が渇きそうになったタイミングで、腰からサッとフラスクを取り出し、ジェル状の飲み口を噛んで一口飲む。 外気に晒されていた水は、もう冷たくはない。 だが、その常温の水が乾いた体に染み渡り、内側から潤してくれる。
飲み終わってポーチに戻す。 走り出しても、あの「チャポ、チャポ」という水が跳ねる音が一切しない。 フラスクが縮んで小さくなり、ポーチの中で暴れることがないからだ。 柔らかい素材が腰のカーブに馴染み、存在を忘れるほど一体化している。
ストレスがない。 不快な「揺れ」と「音」が消えただけで、こんなにも純粋に「走ること」だけに集中できるのか。
ふと、あの夜のランナーの背中を思い出した。 彼が涼しい顔で走れていた理由が、今ならはっきりと分かる。 彼は、快適に走るための正解を知っていただけだったのだ。 それを私は「格好をつけている」と勘違いしていた。なんと恥ずかしい偏見だったのだろう。
私は新しいウェアの快適さに感動しながら、いつもと同じように、しかし前回とは全く違う軽やかな足取りで、夜の風を切って走り続けた。
こうして私は、日本の夏という厳しい環境を、適切な道具の力を借りて乗り越えたのだった。