ランニング・ロジック 第1章

第3話:金曜22時、街歩き用スニーカーで走り出した夜。3日目に訪れた「膝の激痛」と「衝撃の足音」

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衝撃と衝動

4月某日の金曜日。 仕事が終わり、夕飯も落ち着いた22時。 私はついに、人生初となるランニング計画を実行に移した。

なぜこんな深夜帯なのか。答えは単純、リスク回避だ。 うかつに休日の昼間や夕方に走れば、近所の顔見知りに遭遇する確率は極めて高い。 もし私が、息を切らして無様な姿を晒しているところを見られたら? さらに、もしこの計画が三日坊主で終わってしまった場合、「あら山本さん、最近走ってないわね」などと噂されるのは絶対に御免だ。 それは私のちっぽけなプライドが許さない。

だからこその、闇夜に紛れたこっそりスタートだ。

装備は「家にあるもの」で済ませることにした。 トップスは、部屋着の黒い綿Tシャツ。 ボトムスは、ユニクロの厚手のスウェットパンツ。 そして足元は、下駄箱にあった黒いスニーカーだ。 ランニング用ではなく、普段ジーンズに合わせている底の平らなファッション用モデルだが、スポーツメーカーの靴だ。機能性は担保されているはずだし、何より見た目がいい。

たいち
たいち

とりあえず鶴見川の土手まで行って帰ってこよう。

目標は往復2km。 私は軽く屈伸をし、スマホのストップウォッチを起動して、走り出した。

初日と2日目の結果は、予想外に「順調」だった。 もちろん違和感はあった。 着地のたびに、アスファルトの硬さがダイレクトに伝わってくる。 それに、なんだか足元が落ち着かない。 足を地面につくたび、体が左右にグラグラと揺れる感覚がある。 だが、私はその違和感すらもポジティブに解釈した。

たいち
たいち

(お、ふくらはぎがパンパンに張ってきたぞ。地面を掴もうとして筋肉が刺激されている証拠だ)

グラつく足首を支えるために、ふくらはぎが悲鳴を上げているだけなのだが、知識のない私はそれを「効いている」と勘違いした。 「なんだ、きついけど、これこそが運動だ」 心地よい疲労感と共に、私は自分の身体能力がまだ錆びついていないことに満足していた。

だが、私は知らなかった。 この2日間は、間違った負荷に対して身体が必死に耐えていただけの「猶予期間」に過ぎなかったことを。

そして運命の3日目。 俗に言う「三日坊主」になるかどうかの分かれ道。 私はまた、スニーカーの紐を締め、鶴見川へ向けて走り出した。

異変は、開始からわずか数分で起きた。

「……っ!? 痛っ……!」

右の膝の外側に、鋭利な杭を打ち込まれたような激痛が走った。 思わず足が止まりそうになる。 かばうように足を着くと、今度は「効いている」と思っていたふくらはぎが、限界を超えて痙攣(けいれん)しそうに引きつった。 さらに、無意識に痛みを避けようと変な力が入っていたのか、太ももの前側が焼けるように熱い。

息はまだ切れていない。心臓もまだ余裕がある。 なのに、足という駆動パーツだけが、完全に機能を停止しようとしている。

たいち
たいち

(なんでだ? 昨日はあんなに調子が良かったのに)

グラグラする足元。硬い着地衝撃。 それをすべて筋肉と根性で受け止めていたツケが、一気に回ってきたのだ。 これはトレーニングではない。ただの自傷行為だ。

「ドスッ、ドスッ」

骨に響くその鈍い振動が、一歩ごとに膝を削っていく。

私はチラリと、左手に握りしめたスマホの画面を見た。 『06:30』

たいち
たいち

(嘘だろ……。まだ鶴見川に着いていないのに、もう6分も経っているぞ)

昨日までなら、とっくに折り返し地点にいる時間だ。 痛みを堪えて足を前に出すが、もはや「走る」というより「這う」に近い。

情けない。 自分の膝がこんなに脆かったなんて。 誰も見ていないと分かっていても、闇夜に向かってこの不甲斐ない姿を晒している事実が、膝の痛み以上に心を削っていく。

その時だった。

前方から、淡い光と共にリズミカルな音が近づいてきた。

タッ、タッ、タッ、タッ。

私の「ドス、ドス」という重苦しい騒音とは違う。 一定のリズムを刻む、軽やかで、乾いた、美しい着地音。

私は反射的に顔を上げた。 街灯の明かりの下、一人のランナーが私とすれ違う。

――時が止まった気がした。

-ランニング・ロジック, 第1章