
存在証明の光
命拾いをして帰宅した私は、すぐさまパソコンを開いた。 もう「カッコいい」とか「目立ちたくない」とか言っている場合ではない。 次に同じことが起きれば、今度は本当に怪我では済まないかもしれないのだ。
私の脳裏に、ランニング初日にすれ違った、あのランナーの姿が蘇った。 彼の腕で青白く光っていた、あのバンド。 当時は「派手だなあ」なんて他人事のように思っていたが、あれは伊達や酔狂ではなかった。 「私はここにいます」という、周囲への強烈なメッセージだったのだ。
検索ワードを打ち込む。 『ランニング ライト アームバンド』
画面には、様々な色のLEDバンドが表示された。 腕に巻くタイプ、靴に付けるクリップ、腰に下げるライト。 たったこれだけのことを惜しんだせいで、あわや大事故になるところだった。
買おう。安全対策にはこういうのが必須だよな。
翌々日。 届いたバンドを、私は黒いコンプレッションウェアの上から左腕に巻いた。 スイッチを入れる。
ピカッ、ピカッ、ピカッ。
暗い玄関の中で、青い光が一定のリズムで点滅を始めた。
正直、少し恥ずかしい。 いい歳をしたおじさんが、腕をピカピカ光らせて走るのだ。 まるで自分自身がイルミネーションになったような気分だ。
だが、昨夜の恐怖を思い出せば、背に腹は代えられない。 私は意を決して、夜の街へと飛び出した。
走り始めてすぐ、その効果は劇的だった。
路地を走っていると、前方から自転車のライトが近づいてきた。 以前なら、相手が私に気づいているか不安で、私は走るのをやめて端に寄っていただろう。 だが今回は違った。
自転車はかなり手前の段階で、スピードを緩めて少し中央に寄り、私とのスペースを空けてくれたのだ。
気づいてくれてる
お互いが、お互いの存在を認識している安心感。 すれ違いざま、私は心の中で軽く会釈をした。
世界が変わったようだった。 私はもう「闇の中の影」ではない。明確な「走行中のランナー」として認知されている。
その安心感は、走りそのものにも良い影響を与えた。 いつ飛び出されるか、いつぶつかるかと周囲を過剰に警戒する必要がなくなり、リラックスしてフォームに集中できるようになったのだ。 肩の力が抜け、呼吸が深くなる。
腕で点滅する青い光。 最初は「子供っぽい」「派手だ」と思っていたその光が、今では私の走りを守る頼もしい相棒に見えてきた。
こうして、また一つ必須アイテムが加わった。 シューズ、速乾ウェア、揺れないポーチ、給水ボトル、そしてLEDバンド。
装備が整うたびに、私は少しずつ「ただ走っているおじさん」から「ランナー」へと進化している気がした。 形から入ることも、あながち間違いではない。形を整えることで、意識が変わるのだから。
……さて。 安全も確保されたことだし、そろそろ次のステップへ進むとしようか。 目指すは、未だ到達できていない「5キロ」の壁だ。