ランニング・ロジック 第1章

第8話:努力は裏切る? スマートウォッチを手に入れた私が、たった3日で「走るのが嫌い」になった理由

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データの罠

 スマートウォッチが届いたのは、それから二日後のことだった。

黒いマットな質感の箱。中には、無駄な装飾のないシンプルな黒い時計が鎮座している。  私はそれを恭しく取り出し、左手首に巻いた。

たいち
たいち

いいじゃないか。これでどれだけ早くなったかわかるぞ!

鏡の前で腕を上げてみる。 手首にあるその時計と、玄関にある厚底のシューズ。 装備だけを見れば、私はもう立派な「市民ランナー」だ。 スマホのアプリと連携させ、準備は完了。 これで私のランニングは、曖昧な「感覚」から、正確な「データ」へと進化する。

 その夜、私は意気揚々と外へ出た。シューズの紐をきつく締め、時計のボタンを押す。『GPS捕捉完了』のピープ音と共に、画面が計測モードに切り替わる。

たいち
たいち

よし、行くぞ。記録をとってどんどん自己ベスト更新していくのが楽しみだ

まだ記録など一つもないのに、私は「更新」する気満々だった。先日、あれだけ全力で走ったのだ。きっと私のポテンシャルは高い。学生時代の貯金だって、まだ残高があるはずだ。

私は頭の中で計算していた。 テレビで見る箱根駅伝のランナーたちは、1キロを約3分で走るという。 彼らは選ばれしエリートだ。もちろん、今の私が勝てるわけがない。 だが、私も昔は多少の運動もしていた。 彼らが「3分」なら、全力で飛ばしている私は「4分半」……いや、百歩譲っても「5分」くらいでは走れているはずだ。

たいち
たいち

3分と5分。その差は大きいが、背中が見えないほどじゃない

そんな皮算用を胸に、私は走り出した。

足は軽い。厚底シューズが「ポンッ、ポンッ」と私を前へ押し出す。 呼吸が荒くなる。心臓が高鳴る。 構うものか。この苦しさは、私が「速く走っている証拠」だ。 夜風が耳元で唸り、景色が後ろへ流れていく。 イメージの中では、私はあのアスリートたちと同じ風を感じていた。

***

1キロ地点。 手首がブルッと震え、電子音が鳴った。 ラップタイム(1キロごとの通知)だ。

私は期待に胸を膨らませて、走りながらバックライトの光る画面を覗き込んだ。 さあ、どうだ。 「04:50」か? それとも「05:10」か?

画面に表示された数字は、私の予想を裏切るものだった。

……は? 私は思わず、走りながら時計を二度見した。

『07:**』

いや、見間違いだ。そんなはずはない。 7分? 3分の倍以上だぞ?

混乱したまま走り続ける。 私の計算式が音を立てて崩れていく。 箱根のランナーが1キロ走り終わった頃、私はまだ半分も進んでいないということか? あんなに涼しい顔で走っている彼らの、倍以上の時間をかけて、倍以上の苦痛を感じながら走っているというのか?

たいち
たいち

嘘だろ……。こんなに必死なのに?

呼吸はゼーゼーと荒れ、汗が目に入る。 全力に近い努力をしている。

「俺はあっち側の人間だ」と思っていたプライドが、粉々に砕かれた瞬間だった。

2キロ地点。 再び手首が震える。

『08:**』

落ちている。 1キロ目よりもさらにペースが落ちている。 8分台。

愕然とした。 こんなに頑張っているのに。 1キロ目よりも必死に腕を振って、足も前に出しているつもりなのに。 心臓の回転数は上がっているのに、スピードだけがズルズルと落ちていく。

まるで、泥沼の中でもがいているようだ。 努力と成果が反比例していく。 数字は冷酷に告げてくる。**「お前のスタミナはもう限界だ」「それがお前の全力の結果だ」**と。

悔しさがこみ上げてきた。 認めない。こんな数字は私の実力ではない。 私は奥歯を噛み締め、残りの体力を振り絞ってペースを上げた。 心臓が破裂しそうだ。足が重い。 それでも、この惨めな数字をねじ伏せるために、無理やり足を回した。

家に帰り着いた時、私は玄関にへたり込んだ。 時計を見る。 トータルの平均ペースは、箱根ランナーの背中など影も形も見えないような数字だった。

……次は、もっと速く走ってやる。数字を変えてやる

それが、間違いの始まりだった。

***

翌日から、私のランニングは「楽しい運動」ではなく、「データとの戦い」になった。

走りながら、常に時計の画面を睨みつける。 ペースが「7分」を切ろうとすれば「よし、いける」と安堵し、「8分」が見えれば「ダメだ!」と焦ってダッシュする。 景色など目に入らない。風の気持ちよさなど感じる余裕もない。 あるのは、手首の小さな画面に表示される数字に対する強迫観念だけだ。

「昨日の記録を超えなければ」 「ここで歩いたら、平均ペースが落ちてしまう」

仕事と同じだ。 右肩上がりのグラフを作らなければならない。 停滞は許されない。劣化など論外だ。

そして、三日後。 私は限界を迎えた。

会社へ向かう駅のホームで、私は手すりに掴まりながら絶望していた。 体がだるい。鉛のように重い。 太ももはパンパンに張り、階段を降りるだけで膝が笑う。 仕事中も強烈な眠気が襲い、集中力が全く続かない。 明らかに「オーバーワーク」だ。

夜、帰宅して玄関のシューズを見る。 あれほど楽しみにしていた、最初は私を雲の上へ連れて行ってくれた「魔法の靴」が、今は私を責め立てる「拷問器具」のように見えた。

たいち
たいち

……今日も、走らなきゃいけないのか

義務感。そして恐怖。 またあの心臓が飛び出しそうな苦しい時間を過ごすのか。 またあの現実を見せつけられ、自分の無力さを突きつけられるのか。

時計も靴も買ったのに、たった一週間で私は「走ることが嫌い」になりかけていた。

私は逃げるようにリビングのソファに深く沈み込み、スマホを手に取った。 助けを求めるように検索窓を開く。 この苦しみから抜け出す方法があるなら、なんでもよかった。

『ランニング 毎日 つらい』 『ランニング すぐ疲れる 初心者』

検索結果には、根性論や厳しいトレーニングメニューが並ぶ。 スクロールする指が止まったのは、あるYouTube動画のサムネイルだった。

笑顔で走るコーチらしき男性の写真。 そして、そこに書かれていたタイトルは、数字に追われていた私の常識をひっくり返すものだった。

『タイムが伸び悩むあなたへ。速くなりたければ、まずは“ゆっくり”走りなさい』

たいち
たいち

……は?何をいっているんだ

ゆっくり走って、速くなる? 何を言っているんだ。 速くなるためには、速く走る練習が必要なはずだ。それがロジックだ。 「ゆっくり」なんて走っていたら、いつまで経っても昨日の自分を超えられないじゃないか。

明らかに矛盾している。 だが、そのサムネイルの男性の笑顔は、今の私にはない「余裕」に満ちていた。 そして今の私には、論理的な正攻法でこれ以上頑張る気力は残っていなかった。

たいち
たいち

……どういう理屈なんだ?

私は疑い半分、すがるような気持ち半分で、その動画をタップした。

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