第15話:安全は「見てもらう」こと。無灯火の自転車が私を避けてくれた夜
存在証明の光 命拾いをして帰宅した私は、すぐさまパソコンを開いた。 もう「カッコいい」とか「目立ちたくない」とか言っている場合ではない。 次に同じことが起きれば、今度は本当に怪我では済まないかもしれないのだ。 私の脳裏に、ランニング初日にすれ違った、あのランナーの姿が蘇った。 彼の腕で青白く光っていた、あのバンド。 当時は「派手だなあ」なんて他人事のように思っていたが、あれは伊達や酔狂ではなかった。 「私はここにいます」という、周囲への強烈なメッセージだったのだ。 検索ワードを打ち込む。 『ランニング ラ ...
第14話:全身「黒」コーデの落とし穴。夜道で私が「ステルス機」になってしまった夜
闇夜のステルス機能 新しいウェアの快適さは、私のランニング生活を劇的に向上させてくれた。 吸汗速乾の黒いTシャツの下に、黒の長袖コンプレッションウェアを着込む。 下は黒のショートパンツに、これまた黒のタイツ。 そして足元には、汚れの目立たない黒の厚底シューズ。 全身を黒(ブラック)で統一した私は、夜のショーウィンドウに映る自分の姿を見て、密かに悦に入っていた。 膨張色を排除したことで、実際よりも少しだけ痩せて見える気がする。 それに、この「闇に溶け込むようなスタイル」が、なんとなく速いランナーのような雰 ...
第13話:吸汗速乾の衝撃。あの夜のランナーが黒いインナーを着ていた本当の理由
装備のアップグレード 帰宅した私は、玄関で汗をたっぷりと吸ったTシャツを脱いだ。 「ドサッ」 床に置いた時、水分を含んだ布特有の、ずっしりとした重さを感じた。 改めて思う。私は今まで、これほど重いものを身にまとって、湿気の中を走っていたのか。 シャワーで汗を流し、体を冷やしてから、私はすぐにパソコンに向かった。 今の私に必要なのは、根性ではない。この暑さを快適に乗り切るための、適切な「道具」だ。 検索ワードを打ち込む。 『ランニングウェア 夏 涼しい』 『ランニング 水分補給 持って走る』 画面には、「吸 ...
第12話:エンジンの熱暴走。順調な私を襲った「梅雨」という魔物
エンジンの熱暴走 6月の下旬。私のランニング生活は順調そのものだった。「頑張らなくていい」というLSDは、私の性格に合致していたし、少しずつ引き締まってきた体は自信を与えてくれた。 だが、私は甘く見ていた。四季のある日本において、ランナーにとっての最大の敵が、すぐそこまで迫っていることを。 梅雨入りと同時に、空気は一変した。 夜になっても気温が下がらない。湿度は不快なほど高い。 玄関を出た瞬間に、まとわりつくような重たい熱気を感じる。 まるでミストサウナの中を歩いているようだ。 それでも私は、「継続こそ ...
第11話:体重は増えたのに「痩せた?」と言われた日。数字よりも大切な「確かな実感」
気づけば、私は30分以上走り続けていた。 一度も歩くことなく、一度も立ち止まることなく。 家の前に戻ってきて、時計の停止ボタンを押す。 サマリー画面を確認する。 距離は3キロちょっと。ペースは「キロ9分」。 以前の私なら「遅すぎる」と絶望していただろう数字だ。 だが、私は別の数字を見てニヤリと笑った。 心拍数のグラフだ。 最初から最後まで、低い位置で安定して推移している。一度もレッドゾーンに入っていない。 汗は心地よい程度。膝の痛みもない。 何より、走り終わった直後なのに「明日もまた走りたい」と思えている ...
第10話:地面ばかり見ていた私が見つけた「月」。時速を捨てた先に待っていた魔法の時間
走り出してすぐ、私は強烈な違和感に襲われた。 意識して、歩幅を小さくする。 私が履いている厚底シューズは、本来スピードを出すために作られたものだ。 着地するたびに「もっと前に進もう」と反発してくる。 放っておくと、自然とペースが上がってしまいそうになる。 だが、私はあえてその誘惑を断ち切る。 「今はダメだ。基礎ができていないんだ」 自分にそう言い聞かせ、アクセルを踏み込みそうになる右足を、理性のブレーキでじっと抑え込む。 動画で言っていた「ニコニコペース」。 笑顔でおしゃべりができる速度。 それは、私の感 ...
第9話:急がば回れのロジック。ボロボロの私を救った「頑張らない」という最強の戦略
急がば回れのロジック リビングのソファで、私は泥のように動けなくなっていた。 スマホの画面には、YouTubeの再生画面。 サムネイルの男性は、今の私とは対照的に、涼しい顔で微笑んでいる。 半信半疑で再生ボタンを押した。 動画の中のコーチは、まるで私の惨状を見透かしたかのように、穏やかな口調で語りかけてきた。 「皆さん、毎回『ゼーゼーハーハー』言うまで追い込んでいませんか? 実はそれ、初心者には逆効果なんです」 ドキリとした。 まさに今の私がそれだ。心臓が破裂するまで追い込むことが「練習」だと思っていた。 ...
第8話:努力は裏切る? スマートウォッチを手に入れた私が、たった3日で「走るのが嫌い」になった理由
データの罠 スマートウォッチが届いたのは、それから二日後のことだった。 黒いマットな質感の箱。中には、無駄な装飾のないシンプルな黒い時計が鎮座している。 私はそれを恭しく取り出し、左手首に巻いた。 鏡の前で腕を上げてみる。 手首にあるその時計と、玄関にある厚底のシューズ。 装備だけを見れば、私はもう立派な「市民ランナー」だ。 スマホのアプリと連携させ、準備は完了。 これで私のランニングは、曖昧な「感覚」から、正確な「データ」へと進化する。 その夜、私は意気揚々と外へ出た。シューズの紐をきつく締め、時 ...
第7話:左腕の振動と、首をひねるだけの無駄な時間。アームバンドが私に教えてくれた「スマートウォッチ」の価値
金曜日の夜。 私は左腕に、新たな相棒「アームバンド」を装着していた。 鏡の前でポーズを取る。 黒いバンドが二の腕にフィットし、スマホはガッチリと固定されている。 イヤホンはしない。夜道を走るのに耳を塞ぐのは危ないし、せっかくの静寂を楽しみたかったからだ。 見た目は完全に「いっぱしのランナー」だ。 私は意気揚々と夜の街へと駆け出した。 *** 走り出しは最高だった。 ポケットの中でスマホが暴れないだけで、こんなに走りやすいとは。 厚底シューズのクッション性も相まって、どこまでも走れそうな気がした。 しかし、 ...
第6話:消えた「2.2km」の行方。Googleマップの絶望と、私が選んだ「最もスマートな計測方法」
魔法の靴を手に入れてから、3日が過ぎた。 驚くべきことに、私はまだ走っている。 あの「厚底」がもたらす衝撃分散システムのおかげで、膝の痛みという物理的なエラーは排除された。 走ることは、もはや苦行ではなく、日々の楽しみになりつつあった。 水曜日の夜。 仕事を終え、いつものように夜の街を走り、汗だくで帰宅した時のことだ。 ふと、猛烈な好奇心に襲われた。 今日走ったコースは、いつもより少し足を伸ばして、橋の向こう側まで回ってみた。 時間は約25分。今までで一番長く走った実感がある。ペースも快調だった。 私の肌 ...








