第13話:吸汗速乾の衝撃。あの夜のランナーが黒いインナーを着ていた本当の理由
装備のアップグレード 帰宅した私は、玄関で汗をたっぷりと吸ったTシャツを脱いだ。 「ドサッ」 床に置いた時、水分を含んだ布特有の、ずっしりとした重さを感じた。 改めて思う。私は今まで、これほど重いものを身にまとって、湿気の中を走っていたのか。 シャワーで汗を流し、体を冷やしてから、私はすぐにパソコンに向かった。 今の私に必要なのは、根性ではない。この暑さを快適に乗り切るための、適切な「道具」だ。 検索ワードを打ち込む。 『ランニングウェア 夏 涼しい』 『ランニング 水分補給 持って走る』 画面には、「吸 ...
第12話:エンジンの熱暴走。順調な私を襲った「梅雨」という魔物
エンジンの熱暴走 6月の下旬。私のランニング生活は順調そのものだった。「頑張らなくていい」というLSDは、私の性格に合致していたし、少しずつ引き締まってきた体は自信を与えてくれた。 だが、私は甘く見ていた。四季のある日本において、ランナーにとっての最大の敵が、すぐそこまで迫っていることを。 梅雨入りと同時に、空気は一変した。 夜になっても気温が下がらない。湿度は不快なほど高い。 玄関を出た瞬間に、まとわりつくような重たい熱気を感じる。 まるでミストサウナの中を歩いているようだ。 それでも私は、「継続こそ ...
第11話:体重は増えたのに「痩せた?」と言われた日。数字よりも大切な「確かな実感」
気づけば、私は30分以上走り続けていた。 一度も歩くことなく、一度も立ち止まることなく。 家の前に戻ってきて、時計の停止ボタンを押す。 サマリー画面を確認する。 距離は3キロちょっと。ペースは「キロ9分」。 以前の私なら「遅すぎる」と絶望していただろう数字だ。 だが、私は別の数字を見てニヤリと笑った。 心拍数のグラフだ。 最初から最後まで、低い位置で安定して推移している。一度もレッドゾーンに入っていない。 汗は心地よい程度。膝の痛みもない。 何より、走り終わった直後なのに「明日もまた走りたい」と思えている ...
第10話:地面ばかり見ていた私が見つけた「月」。時速を捨てた先に待っていた魔法の時間
走り出してすぐ、私は強烈な違和感に襲われた。 意識して、歩幅を小さくする。 私が履いている厚底シューズは、本来スピードを出すために作られたものだ。 着地するたびに「もっと前に進もう」と反発してくる。 放っておくと、自然とペースが上がってしまいそうになる。 だが、私はあえてその誘惑を断ち切る。 「今はダメだ。基礎ができていないんだ」 自分にそう言い聞かせ、アクセルを踏み込みそうになる右足を、理性のブレーキでじっと抑え込む。 動画で言っていた「ニコニコペース」。 笑顔でおしゃべりができる速度。 それは、私の感 ...
第9話:急がば回れのロジック。ボロボロの私を救った「頑張らない」という最強の戦略
急がば回れのロジック リビングのソファで、私は泥のように動けなくなっていた。 スマホの画面には、YouTubeの再生画面。 サムネイルの男性は、今の私とは対照的に、涼しい顔で微笑んでいる。 半信半疑で再生ボタンを押した。 動画の中のコーチは、まるで私の惨状を見透かしたかのように、穏やかな口調で語りかけてきた。 「皆さん、毎回『ゼーゼーハーハー』言うまで追い込んでいませんか? 実はそれ、初心者には逆効果なんです」 ドキリとした。 まさに今の私がそれだ。心臓が破裂するまで追い込むことが「練習」だと思っていた。 ...
第8話:努力は裏切る? スマートウォッチを手に入れた私が、たった3日で「走るのが嫌い」になった理由
データの罠 スマートウォッチが届いたのは、それから二日後のことだった。 黒いマットな質感の箱。中には、無駄な装飾のないシンプルな黒い時計が鎮座している。 私はそれを恭しく取り出し、左手首に巻いた。 鏡の前で腕を上げてみる。 手首にあるその時計と、玄関にある厚底のシューズ。 装備だけを見れば、私はもう立派な「市民ランナー」だ。 スマホのアプリと連携させ、準備は完了。 これで私のランニングは、曖昧な「感覚」から、正確な「データ」へと進化する。 その夜、私は意気揚々と外へ出た。シューズの紐をきつく締め、時 ...
第7話:左腕の振動と、首をひねるだけの無駄な時間。アームバンドが私に教えてくれた「スマートウォッチ」の価値
金曜日の夜。 私は左腕に、新たな相棒「アームバンド」を装着していた。 鏡の前でポーズを取る。 黒いバンドが二の腕にフィットし、スマホはガッチリと固定されている。 イヤホンはしない。夜道を走るのに耳を塞ぐのは危ないし、せっかくの静寂を楽しみたかったからだ。 見た目は完全に「いっぱしのランナー」だ。 私は意気揚々と夜の街へと駆け出した。 *** 走り出しは最高だった。 ポケットの中でスマホが暴れないだけで、こんなに走りやすいとは。 厚底シューズのクッション性も相まって、どこまでも走れそうな気がした。 しかし、 ...
第6話:消えた「2.2km」の行方。Googleマップの絶望と、私が選んだ「最もスマートな計測方法」
魔法の靴を手に入れてから、3日が過ぎた。 驚くべきことに、私はまだ走っている。 あの「厚底」がもたらす衝撃分散システムのおかげで、膝の痛みという物理的なエラーは排除された。 走ることは、もはや苦行ではなく、日々の楽しみになりつつあった。 水曜日の夜。 仕事を終え、いつものように夜の街を走り、汗だくで帰宅した時のことだ。 ふと、猛烈な好奇心に襲われた。 今日走ったコースは、いつもより少し足を伸ばして、橋の向こう側まで回ってみた。 時間は約25分。今までで一番長く走った実感がある。ペースも快調だった。 私の肌 ...
第5話:雲の上を走るような衝撃。〜初めての厚底ランニングと、45歳に訪れた「全能感」〜
魔法の靴と、禁断の果実 日曜日。待ちに待ったその荷物は、夕方の配送で届いた。無機質な段ボールを開けると、真新しい靴箱が現れる。蓋を開けた瞬間、独特の化学繊維と新しいゴムの匂いが鼻をくすぐった。 手に取ってみて、そのボリューム感に驚いた。 今まで履いていたスニーカーの倍近い厚みがあるのに、持ってみると羽のように軽い。 指で白いソールを押すと、グニッとした確かな弾力が返ってくる。 街歩き用のスニーカーとは、もはや設計思想が根本から異なる「別の工業製品」だ。 私は居ても立ってもいられなくなり、玄関で紐を通し始 ...
第4話:人間性能か、機材の差か。膝の激痛が教えた「厚底シューズ」という物理的解決策
「ドスッ、ドスッ」と重たい音を立てていた私の横を、風が通り抜けた。 ――時が止まった気がした。 すれ違ったその男の年齢は、おそらく私と同じ40代半ば。 だが、生物としての種別が違うのではないかと感じるほど、私とは何もかもが違っていた。 身体にピタリとフィットした黒いインナーに、白いランニングウェア。 手首には、青白く光る液晶画面を持つスマートウォッチ。 腕には闇夜に存在を知らせるLEDのアームバンド。 そして足元には、街灯の光を反射して輝く、鮮やかなネオンイエローの厚底シューズ。 何より衝撃だったのは、彼 ...








