
静かなる危機
あれは、二年前の正月のことだ。自宅のこたつでぬくぬくしながら、蜜柑を片手にテレビを眺めていた。
画面の向こうでは、第1区のランナーたちが六郷橋に差し掛かっていた。 スタートから18キロ地点。 脱落者はまだいない。先頭集団は一塊になり、互いの呼吸や表情を読み合うような、張り詰めた牽制(けんせい)が続いている。
彼らの瞳は鋭く、まるで獲物を狙う狩人のように静かだ。 時速20キロを超えるスピードで走っているはずなのに、上半身は微動だにせず、ただ足だけが精密機械のように地面を蹴り続けている。 そのプロフェッショナルな機能美に、私は強烈に惹きつけられた。
「すげぇな。余裕そうに見えるのに、信じられない速さだ。自転車でもギリギリだぞ。」
口から出たのは、そんな単純な感嘆だった。 陸上部だったわけでもない。 ただ、その無駄のないフォームと、極限まで研ぎ澄まされた集団の美しさに、原始的な憧れを抱いたのだ。
それに、最近よく耳にするじゃないか。 ランニングは最強の健康法だとか、脳が活性化するとか。 あんな風に風を切って走れたら、この鬱屈とした在宅ワークの毎日も変わるかもしれない。 そう思ったら、急にじっとしていられなくなった。
よし、やるか。やろう。やるしかない。今やろう。すぐやろう。
思い立ったが吉日。私の性格上、善は急げだ。 選手たちが鶴見中継所で襷(たすき)を渡すその瞬間に、私も新しい自分へのスタートを切ってやろうじゃないか。
私は手元のスマホを取り出し、Amazonアプリを開いた。 検索ワードは「ランニングウェア メンズ おしゃれ」。 どうせやるなら、彼らのようにシュッとした格好で入りたい。 画面を高速でスクロールし、スポーティーで洗練されたセットアップを見つける。 「これだ、これを着れば俺も『あっち側』に行ける気がする」 迷わずサイズを選び、カートに入れる。
テレビの中では、先頭集団が砕け散り、各大学のエースたちが最後のスパート合戦を繰り広げている。 私の指も、そのリズムに合わせるように「レジに進む」ボタンを押す。
あとワンタップ。「注文を確定する」を押せば完了だ。 残り1キロ。いけ、俺もいけ! 心の中で勝手にシンクロし、高揚感は最高潮に達していた。
そして、先頭のランナーが鶴見中継所に飛び込んだ。 次走者が待つラインへ、最後の力を振り絞って襷を叩きつけるように渡す。
その瞬間だった。
役目を終えたランナーが、糸が切れた操り人形のように路上へ崩れ落ちた。 すぐさま待ち構えていた付き添いの部員たちが駆け寄り、彼を抱き起こす。 画面がアップになる。
(……寒そうだし、辛そうだな)
私の指が、スマホの画面上でピタリと止まった。 さっきまでの「かっこいい」という高揚感が、急速に「痛そう」「辛そう」「寒そう」という現実的な恐怖に上書きされていく。
窓の外では、枯れ木が激しく揺れている。 どう見ても外は極寒だ。 鍛え上げられたトップアスリートですら、走り終わればあんな風になるのだ。 じゃあ、運動不足の45歳の俺が外に出たら?
一度立ち止まると、ネガティブな想像が次々と湧いてくる。
うん。そうだ。一生懸命走ってる姿を人に見られるのは少し恥ずかしい。今はちょっと、時期が悪いな。
スパートの勢いはどこへやら。 私は「あとで買う」リストにウェアを移動させ、そっとブラウザを閉じた。
やめたわけじゃない。暖かくなったら、また考えよう。 ランニングなんて、いつでも始められる。明日でも、来週でも。 今はまず、震えている彼らが無事に温かいお茶でも飲めることを祈ろう。
そう自分に言い訳をして、私は二つ目の蜜柑に手を伸ばした。 こたつの暖かさが、改めて身に染みた。 テレビの中では2区のランナーたちが走り出していたが、私はもう、彼らを「別世界の人たち」として眺めながら、甘い果汁を啜った。
あれから、二年。
それどころか、事態は悪化の一途をたどっていた。そのツケを払わされる日が来るとは知らずに。
こんにちはたいちです。
健康のためにランニングを始めました。まだまだ分からないことや失敗することもありますが、これまでの経験を元にランニングの楽しさ(と苦しみw)を伝えられたらなと思います。
ところで、たいちはいつ走るんだ!?走れたいち!。RUN!たいち!RUN!。