ランニング・ロジック 第1章

第10話:地面ばかり見ていた私が見つけた「月」。時速を捨てた先に待っていた魔法の時間

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走り出してすぐ、私は強烈な違和感に襲われた。

たいち
たいち

……遅い。これでいいのか? 全然、練習になっている感じがしないぞ

意識して、歩幅を小さくする。 私が履いている厚底シューズは、本来スピードを出すために作られたものだ。 着地するたびに「もっと前に進もう」と反発してくる。 放っておくと、自然とペースが上がってしまいそうになる。

だが、私はあえてその誘惑を断ち切る。 「今はダメだ。基礎ができていないんだ」 自分にそう言い聞かせ、アクセルを踏み込みそうになる右足を、理性のブレーキでじっと抑え込む。

動画で言っていた「ニコニコペース」。 笑顔でおしゃべりができる速度。 それは、私の感覚で言えば「早歩きに毛が生えた程度」の速度だった。

正直、じれったい。 すれ違う人の目なんて気にする必要はないと分かっていても、「走る格好をして、この遅さか」と自分で自分にツッコミを入れたくなる。

これまでの私なら、その焦りに負けて、無意味にダッシュしていたかもしれない。 だが、今の私には「LSD」という確固たるロジックがある。

たいち
たいち

焦るな。俺は今、身体の土台作りをしている最中なんだ

これはサボりではない。 毛細血管という「道」を広げるための、地味だが重要な工程なのだ。 そう定義し直すことで、私は焦りを納得に変え、淡々とリズムを刻むことに集中した。

5分、10分……。 変化は、徐々に、しかし確実に訪れた。

いつもなら、このあたりで「最初の壁」が来る。 呼吸が荒くなり、喉が張り付き、太ももが鉛のように重くなる。 頭の中が「辛い」「止まりたい」「あと何分だ」というネガティブな感情で埋め尽くされる時間帯だ。

しかし、今日はどうだ。 私は走りながら、自分の身体の状態を確認してみた。

呼吸は? ……乱れていない。口を閉じて、鼻呼吸だけで十分に空気を吸えている。 心臓は? ……バクバクしていない。一定のリズムで、力強く、しかし穏やかに動いている。 足は? ……重くない。着地の衝撃が優しく、むしろ次の一歩が自然と出てくる。

たいち
たいち

……どこも痛くないし、苦しくない

驚愕した。 走っているのに、苦しくない。 それどころか、体が内側からポカポカと温まってきて、血の巡りが良くなっているのがわかる。 酸素が身体の隅々まで届いている感覚。 これが「有酸素運動」というやつなのか。 私は今まで、酸素不足で酸欠になりながら走っていただけだったのだ。

身体的な苦痛が消えると、心に変化が起きた。 今までは「苦しさに耐えること」で一杯一杯だった頭の中に、ふと「余裕」が生まれたのだ。

タッタッタッ。 自分の足音が、心地よいリズムとして聞こえてくる。 一定の運動が、日々の雑念を洗い流していくようだ。 仕事のトラブルも、将来への不安も、このリズムの中では大したことではないように思えてくる。

自然と、顔が上がった。 今までは、数メートル先の地面と、時計の数字しか見ていなかった視線が、水平になる。

ふと、夜空を見上げた。 雲の切れ間から、白く輝く月が出ているのが見えた。

たいち
たいち

……綺麗だな

思わず声が出た。 視線を地上に戻すと、街灯に照らされた道端の植え込みに、紫陽花(アジサイ)が鮮やかに咲いているのに気づいた。 青、紫、白。雨上がりの湿った空気の中で、静かに、しかし誇らしげに咲いている。

この道は、毎日歩いて通勤している道だ。 それなのに、こんな綺麗な花が咲いていたことにも、今日が満月に近いことにも、全く気づいていなかった。 余裕がない人間は、世界の美しさを見落とす。 走ることで、逆にそれが見えるようになるなんて。

風が気持ちいい。 夜の空気が美味しい。 シャツを通る風が、汗を心地よく冷やしてくれる。

たいち
たいち

走るって、本来はこういうことだったんじゃないか?

苦しみに耐え、歯を食いしばる根性論ではない。 自分の体を自分の意志でコントロールし、前に運ぶ単純な喜び。 そして、季節や風景と一体になる感覚。

スマートウォッチを見る。 もう20分も走っている。なのに、まだ走れる。もっと走っていたいとすら思う。 「遅い」ことなんて、もうどうでもよかった。 私は今、かつてないほど充実した時間を過ごしている実感があったからだ。

私は自然と笑みをこぼしながら、夜の鶴見川を「ゆっくりと」、しかし確かな足取りで進み続けた。

-ランニング・ロジック, 第1章