
それから一ヶ月が経った、11月のある朝。 目を覚ますと、窓の外は冷たい雨が叩きつけていた。
今日は走る予定の日だ。 走り始めた当初の私なら、こう思っただろう。 「ラッキー。雨だから走れないや。しょうがない、今日はサボろう」 そこには、義務感から解放された安堵があったはずだ。
だが、今の私は違った。 窓の外を見て、少し残念に思いつつも、冷静に思考を巡らせた。
この気温で雨の中を走れば、体温を奪われて風邪をひくリスクが高い。
走りたい気持ちはある。5キロ走れるようになった今の体力なら、雨の中でも走れないことはない。 だが、ここで無理をして体調を崩し、数日間寝込むことの方がマイナスが大きい。
今日は「休み」だ。これはサボりじゃない。「戦略的休息」だ。
熱いコーヒーを淹れ、PCの画面で過去のランニングログ(記録)を見返した。 右肩上がりに順調に伸びている月間走行距離。 同じペースでも低くなり、安定してきた心拍数のグラフ。 そして、洗面所の鏡に映る、顎のラインが少し引き締まった自分の姿。
私の心の中に、ある種の「全能感」が芽生え始めていた。
「俺はもう、ただの初心者ではない」 「適切な装備と、無理のないペース配分。マネジメントさえしっかりしていれば、ランニングなんて恐るるに足らない」
そう、私は完全に調子に乗っていた。 たかだか5キロをゆっくり走れるようになっただけで、まるでマラソンランナーにでもなった気でいたのだ。 自分の関節や筋肉がまだ発展途上であることも、疲労という見えない負債が少しずつ蓄積していることも知らずに。
この時の私は、自分自身のことを「客観的に見えているつもり」で、一番大事な部分が見えていなかった。